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予てから告知しておりました3/11「ラース・フォン・トリアー・ナイト」に一部変更がございます。
トークショーがなくなり、『メイキング・オブ・ドッグヴィル』の上映に代わります。
お客様に多大なご迷惑をおかけしますことをお詫び申しあげます。
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boid presents
「アメリカを見つめる視線 ロスト・イン・アナザー・アメリカ」
2006.2/25(土)─3/17(金) 吉祥寺バウスシアターにて
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| 9.11以降の世界の中で、アメリカの外側と内側からアメリカを語ろうとする映画を集めての特集上映 |
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当然のことなのだが、9.11の衝撃以降、アメリカを見つめる世界中の視線が変わった。アメリカについての映画も数多く作られるようになった。かつては憧れと羨望と追憶と欲望の対象だったアメリカの物語は、しかしそれ以降、自己確認と歴史の検証とそこからの脱出の対象として、さまざまな距離感と共に物語られるようになったように思う。
例えば、マーティン・スコセッシが作ったボブ・ディランのドキュメンタリー『ノー・ディレクション・ホーム』は、ディランのドキュメンタリーである以上に、ディランを取り巻く人々と状況の、つまりアメリカの50年代60年代のドキュメンタリーであった。その時代に起こったこととアメリカの変容を見つめるこの映画の視線は、そこから40年以上が経った現在の変わり果てたアメリカの姿を、裏側から照らし出すものだと言えるだろうか。シルエットになったアメリカ……
72年のミュンヘン・オリンピックでのイスラエル選手団殺害の後日譚であるスティーヴン・スピルバーグの『ミュンヘン』は、国家としてのイスラエルに忠実に従えばしたがうほど、「イスラエル」から果てしなく遠く離れていってしまう男の物語として語られている。その男の姿はまるで、死んだ友人の死体を馬に乗せ、殺人者と共に死んだ男の故郷へとアメリカ、メキシコを南下していく男を主人公にした『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』のトミー・リー・ジョーンズのようでもあった。アメリカでもイスラエルでもメキシコでもない別の場所に、彼らは行き着いたのだ。
あるいは、アメリカ50年代から60年代を代表するロックンローラー、ジョニー・キャッシュの物語『ウォーク・ザ・ライン』もまた、どこか別の場所にたどり着くはずの彼の長い旅を描いている。『さよなら、さよならハリウッド』と言って本当にアメリカを去り、今やイギリスを拠点にしてヨーロッパで映画を作り始めたウディ・アレンの今後は、彼自身の軌跡そのものが別のどこかへの長い長い道筋として、我々に示されることになるだろう。
そしてヴィム・ヴェンダース。おそらく世界中の監督たちの中で、アメリカに対する最もアンビヴァレントな思いを抱いているはずのヴェンダースは、やはり、『アメリカ、家族のいる風景』で、アメリカを後にする。今後はドイツに戻り、ドイツ映画を作るのだと、ヴェンダースは語る。その、アメリカ時代最後の映画の中で主人公の年老いた映画俳優は、撮影中の映画から逃げ出したものの結局その中に戻り、彼の残した若者たちが荒野の中を未来に向かって走り去ることになる。老俳優が自らのふるさとへの退却を決めた時、彼の頭上には確か星条旗が青空高くはためいていたのだった。そして映画の最後、クレジットタイトルに並ぶこの映画に登場する女性たちのショットの数々の後、主演の老俳優は単なるシルエットとして、もはやそこには戻れない場所の中の動かぬオブジェのように映されていた。
もはやアメリカは、振り返られるに過ぎない過去のものとなってしまったのだろうか。今あるアメリカは「アメリカ」ではないのだろうか……。多くの監督たちが自らの映画の中で意識的に取り上げ始めた「アメリカ」は、さらに別のアメリカを指し示しているように見える。それはもちろん、そこを目指すという行為そのものがアメリカを生むようなアメリカ、というふうにも言える。つねに生まれ続ける「アメリカ」……
今回のラインナップは9.11前後から現在までの、アメリカの変容を意識的に見つめる映画の数々である。<アメリカ>という確かな地盤を失ったアメリカを見つめる視線、といったらいいだろうか。それぞれ単独で見ると個別の映画でしかないそれぞれを、こうやってまとめて眺めた時、アメリカ人もそれ以外の国籍を持つ者たちも、どこか共通の不確かな地盤に足を置いている事が分かるだろう。言い換えればそれらは、『アホでマヌケなアメリカ白人』とは決して言わないところから、アメリカを語ろうとする映画でもある。そういった対立構造の外側へと抜け出すマジックとその痛みを、これらの映画は語りかけてくれると思う。
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| オールナイト・プログラム |
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■ヴィム・ヴェンダース・ナイト
■2月25日(土) 23:00よりスタート
●『パリ、テキサス』
終了
●『さすらい』
●トークショー:稲川方人、樋口泰人
ヨーロッパからアメリカを見つめた70年代、ふたつの大陸を往還した80年代から90年代前半、そしてアメリカに居を移した90年代後半以降。こんなふうにヴェンダースの軌跡を3つの時代に分けるなら、ドイツへの帰還を宣言した2005年はヴェンダースの新たなドイツ時代の始まりでありアメリカ時代の終わりである年となった、と言えるだろう。この3つの時代に、ヴェンダースはどのようにアメリカと関わったのか? ヴェンダースが見つめていた「アメリカ」とはどのようなものだったのか? 70年代と80年代を代表する2作の上映と共に、ヴェンダースとアメリカとの関係の変容が現代アメリカの変容とどのように関わり、映画の中に何を残したかを考えてみたい。→会場:BAUS(1)/220席
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『パリ、テキサス』 PARIS,TEXAS 1984年作品/ヴィスタ/146分/提供:フランス映画社
監督:ヴィム・ヴェンダース/脚本:サム・シェパード、L・M・キット・カーソン/撮影:ロビー・ミュラー/音楽:ライ・クーダー/出演:ハリー・ディーン・スタントン、ナターシャ・キンスキー、ハンター・カーソンほか |
『さすらい』 KING
OF THE ROAD 1975年作品/ヨーロピアン・ヴィスタ/176分/提供:フランス映画社
監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース/撮影:ロビー・ミュラー、マルティン・シェーファー/音楽:インプルーブド・サウンド・リミテッド他/出演:リュディガー・フォーグラー、ハンス・ツィッシュラー、リサ・クロイツァーほか |
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| オールナイト・プログラム |
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■ラース・フォン・トリアー・ナイト
■3月11日(土)23:00スタート
■当日料金:一般・学生2.200円/シニア・会員2.000円
■当日19:00より整理番号の受付あり
●『ドッグヴィル』
●『メイキング・オブ・ドッグヴィル』
終了
●『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(爆音上映)
ヨーロッパの地でアメリカを舞台にしたアメリカについての映画をアメリカの俳優たちを使って撮る、というフォン・トリアーの大胆な試みは一体何を意味しているのだろう。アメリカ映画とはまったく別のスタイルでアメリカ映画をなぞる時、そこには何が生まれるのだろう。ここに例えば、ヨーロッパについてのヨーロッパ映画をアメリカのスタジオで作ったフランシス・フォード・コッポラの『ドラキュラ』を並べてみると、何かが見えてくるだろうか。そのコッポラの長編監督作が途絶え、そのフェイドアウトと入れ替わるようにフェイドインしたこの2本の映画を、『コットンクラブ』や『ペギー・スーの結婚』『友よ、風に吹かれて』といったコッポラ作品と比べてみることはできないだろうか。→会場:BAUS(1)/220席
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『ドッグヴィル』 DOGVILLE 2003年作品/シネマスコープ/177分/提供:ギャガ・コミュニケーションズ
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー/撮影:アンソニー・ドッド・マントル/音楽:ペール・ストライト/出演:ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、クロエ・セヴィニーほか |
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』 DANCER IN THE DARK 2000年作品/シネマスコープ/140分/提供:松竹
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー/撮影:ロビー・ミュラー/音楽:ビョーク/出演:ビョーク、カトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・モースほか |
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デイ・プログラムA ─ロスト・イン・アメリカ─
3/4(土)〜3/7(火) |
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●デヴィッド・クローネンバーグ『イグジステンズ』
●リチャード・リンクレイター『ウェイキング・ライフ』
終了
●ポール・トーマス・アンダーソン『パンチドランク・ラブ』
我々が住み、あるいは見つめているアメリカとは一体どんな場所なのか。そんな思いでふと振り返って自分の足下を見つめた時、そこはもうどこにも基盤のない不確かな場所である事に気づく。テクノロジーの進歩によって、仮想空間が現実となり、現実が仮想空間となり、そのめまぐるしい転換の中で、我々はさらに自己の存在根拠を失っていくだろう。たったひとつのプラグの抜き差しで世界と状況がめまぐるしく変わり、自分にさえ確信が持てない場所へと追い込まれる『イグジステンズ』、記憶と欲望と現実と未来とが、実写とアニメとの曖昧な境界線の上で激しく交差するばかりの『ウェイキング・ライフ』、そして、突然空から降ってきたオルガンによって一気に愛が花開く『パンチドランク・ラブ』……。それらが示すのは、我々の世界が常に、一瞬にしてまったく違うものとなる可能性の中にあるということである。風景は一瞬で変わる。その奇妙でグロテスクでしかし愛に溢れた不確かな風景を、これらの映画は見つめている。→会場:BAUS(2)/50席 |
『イグジステンズ』 eXistenZ 1999年作品/ヴィスタ/97分/提供:ギャガ・コミュニケーションズ
監督・脚本:デビッド・クローネンバーグ/撮影:ピーター・サスキツキー/音楽:ハワード・ショア/出演:ジュード・ロウ、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウィレム・デフォーほか |
『ウェイキング・ライフ』 WAKING LIFE 2001年作品/ヴィスタ/101分/提供:20世紀フォックス
監督・脚本:リチャード・リンクレイター/撮影:リチャード・リンクレイター、トミー・パロッタ/音楽:グローヴァー・ギル/出演:ワイリー・ウィギンズ、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピーほか |
『パンチドランク・ラブ』 PUNCH-DRUNK LOVE 2002年作品/シネマスコープ/95分/提供:東宝東和
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン/撮影:ロバート・エルスウィット/音楽:ジョン・ブライオン/出演:アダム・サンドラー、エミリー・ワトソン、ルイス・ガスマンほか |
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デイ・プログラムB ─ワン・プラス・ワン─
3/8(水)〜3/10(金) |
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●デヴィッド・リンチ『マルホランド・ドライブ』
●黒沢清『ドッペルゲンガー』 終了
●クレール・ドゥニ『ガーゴイル』
風景の変容に伴って、それを見つめる確固たる主体であったはずの我々自身も変わる。一体いつ、何がきっかけでそうなったのかは分からない。そこには複数の自分自身が出現する。変容するアメリカを見つめた我々を変容するアメリカが見つめ返した、そのアメリカの目に映る我々の姿がそこに出現したのだと、言えるかもしれない。もはや、我々がアメリカを見つめているのかアメリカが我々を見つめているのか分からない関係の中に、誰もが置かれる。『マルホランド・ドライブ』におけるふたつの世界の激しい交差と、『ドッペルゲンガー』の相容れない複数の主体の葛藤、そして『ガーゴイル』における突然の自身の変容は決して特異な現象を捉えたのではなく、まさに我々の現実そのものとして、スクリーン上に提示されているはずだ。それこそが我々が生きている場所である。→会場:BAUS(2)/50席 |
『マルホランド・ドライブ』 MULHOLLAND DRIVE 2001年作品/ヴィスタ/146分/提供:コムストック
監督・脚本:デヴィッド・リンチ/撮影:ピーター・デミング/音楽:アンジェロ・バダラメンティ/出演:ナオミ・ワッツ、ローラ・エレナ・ハリング、ジャスティン・セローほか |
『ドッペルゲンガー』 2002年作品/ヴィスタ/107分/提供:東芝エンタテインメント
監督:黒沢清/脚本:黒沢清、古澤健/撮影:水口智之/音楽:林祐介/出演:役所広司、永作博美、ユースケ・サンタマリア、柄本明ほか |
『ガーゴイル』 TROUBLE EVERY DAY 2001年作品/ヴィスタ/100分/提供:キネティック
監督:クレール・ドゥニ/脚本:クレール・ドゥニ、ジャン=ポル・ファルゴー/撮影:アニエス・ゴダール/音楽:ティンダースティックス/出演:ヴィンセント・ギャロ、トリシア・ヴェッセイ、ベアトリス・ダルほか |
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デイ・プログラムC ─3度の埋葬─
3/11(土)〜3/14(火) |
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●ジョナサン・デミ『クライシス・オブ・アメリカ』
●青山真治『レイクサイド マーダーケース』
終了
●スパイク・リー『25時』
死者の埋葬とは、記憶の埋葬であり歴史の埋葬であるのだが、これらの映画での埋葬は、それらは埋葬されるのと同時に隠蔽される。一体何が隠蔽されたのか? その隠蔽を巡っての物語の展開のうちに、隠蔽された何ものかが確実に浮上することになる。例えば、『影なき狙撃者』のリメイクである『クライシス・オブ・アメリカ』が示しているように、『影なき』の頃の米ソの対立構造の中での隠蔽とは違う、もはやその隠蔽の「主」さえ誰か分からぬ隠蔽の皮膜の重なり合いの中で誰もが死んでいく、そんな地層の上に我々の現在がある。例えばそれは、ひとりの魔女として葬られた女が沈められた湖のようなものだと、『レイクサイド マーダーケース』は語るだろう。魔女の息吹に波立つその表面に浮かぶのは、『25時』の最後で投射される、そうあるはずだった未来への追悼のようなものだ。だがそれらによって、我々は確かに、そこに何かが埋められたことを知る。決してそこから逃れられない痛みとともに。→会場:BAUS(2)/50席 |
『クライシス・オブ・アメリカ』 THE MANCHURIAN CANDIDATE 2004年作品/ヴィスタ/130分/提供:UIP
監督:ジョナサン・デミ/脚本:ダニエル・パイン、ディーン・ジョーガリス/撮影:タク・フジモト/音楽:レイチェル・ポートマン、ワイクリフ・ジョン/出演:デンゼル・ワシントン、メリル・ストリープ、リーヴ・シュレイバー、ジョン・ヴォイトほか |
『レイクサイド マーダーケース』 2004年作品/ヴィスタ/118分/提供:東宝
監督:青山真治/脚本:青山真治、深沢正樹/撮影:たむらまさき、池内義浩/音楽:長嶌寛幸/出演:役所広司、薬師丸ひろ子、柄本明、鶴見辰吾、杉田かおるほか |
『25時』 25TH
HOUR 2002年作品/シネマスコープ/136分/提供:アスミック・エースエンタテインメント
監督:スパイク・リー/脚本:デヴィッド・ベニオフ/撮影:ロドリゴ・プリエト/音楽:テレンス・ブランチャード/出演:エドワード・ノートン、フィリップ・シーモア・ホフマン、バリー・ペッパーほか |
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デイ・プログラムD ─ロスト・イン・アナザー・アメリカ─
3/15(水)〜3/17(金) |
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●オリヴァー・ストーン『アレキサンダー』
●ティム・バートン『ビッグ・フィッシュ』
●ウディ・アレン『さよなら、さよならハリウッド』
我々の居場所はここにはないのかもしれない。幾重にも重ねられた隠蔽と忘却の構造の中ですべてが取り替え可能になったこの場所には、もはや着地点はない。そんな思いが映画を駆りたてているのだろう。アレキサンダー大王は外へ外へと歩を進めることによって、何とか自分のふるさとに帰ろうとする。もちろんそれは叶わぬ望みであり、その勝利は必然的に敗北を呼び込むだけだ。それはまるで、死を前にしたビッグ・フィッシュであるかのような、生臭い死臭を漂わせるだろう。父のホラ話を語るのは息子の嫁、という語りの構図を持つ『ビッグ・フィッシュ』のねじれと、多くのユダヤ人がハリウッドへと脱出したナチス・ドイツの状況を逆転させたウディ・アレンの思いが見せるのは、内へ向かうことが外に出ることであり、外に出てもそこはまた内でしかないそんな行き詰まりの世界の中で、しかし可能性はないわけではないということだ。つまり単純に、ただひたすらとりつかれたように歩を進めること。その足取りにこそ何かが宿ることを、これらの映画は教えてくれる。→会場:BAUS(2)/50席 |
『アレキサンダー』 ALEXANDER 2004年作品/ヴィスタ/173分/提供:松竹
監督:オリヴァー・ストーン/脚本:オリヴァー・ストーン、クリストファー・カイル、レータ・カログリディス/撮影:ロドリゴ・プリエト/音楽:ヴァンゲリス/出演:コリン・ファレル、アンジェリーナ・ジョリー、アンソニー・ホプキンスほか |
『ビッグ・フィッシュ』 BIG FISH 2003年作品/ヴィスタ/125分/提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
監督:ティム・バートン/脚本:ジョン・オーガスト/撮影:フィリップ・ルースロ/音楽:ダニー・エルフマン/出演:ユアン・マクレガー、アルバート・フィニー、ビリー・クラダップほか |
『さよなら、さよならハリウッド』 HOLLYWOOD ENDING 2002年作品/ヴィスタ/113分/提供:日活
監督、脚本:ウディ・アレン/撮影:ウェディゴ・フォン・シュルツェンドーフ/出演:ウディ・アレン、ティア・レオーニ、トリート・ウィリアムズほか |
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| レイト・プログラム 3/4(土)〜3/17(金) |
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■『フォッグ・オブ・ウォー』 3/4(土)〜3/10(金)
■当日料金:1.000円均一 終了
■『トゥルーへの手紙』 3/11(土)〜3/17(金)
■当日料金:1.000円均一
ケネディとジョンソンの政権下で国防長官を務め、キューバ危機やベトナム戦争をアメリカにいながらにして間近に見てきたロバート・S・マクナマラの語る歴史の断片は、そのタイトル通り霧の中の思い出となる。したがって、まさに前世紀半ばのアメリカの歴史そのものと言っていい彼の、公的な歴史を語る発言の数々は、どこかプライヴェートな輝きに包まれていく。一方、同時多発テロを機に撮られたという『トゥルーへの手紙』は、徹底してプライヴェートな視線だけで語られる。世界の出来事など眼中になく、目先の動くものを追い続ける犬の視線といったらいいか。だがその犬の視線の捉えたその先に現れるのは、それもまたアメリカの姿である。それは、「フォッグ・オブ・ウォー」の中で自らを見失わないための道標と言ったらいいか。公的なものが語る私的な思い出と、私的な思い出が語る公的なアメリカの姿。アメリカ人ではない我々は、それらの交錯をはっきりと、見つめておく必要があるように思う。→会場:BAUS(2)/50席
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『フォッグ・オブ・ウォー』 THE FOG OF
WAR 2003年作品/ヴィスタ/106分/提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
監督:エロール・モリス/撮影:ロバート・チャペル、ピーター・ドナヒュー/音楽:フィリップ・グラス/出演:ロバート・マクナマラほか |
『トゥルーへの手紙』 A LETTER TO TRUE 2004年作品/ヴィスタ/78分/提供:キネティック
監督・脚本:ブルース・ウェバー/出演:TRUEを始めとするゴールデン・レトリバー、ダーク・ボガード、エリザベス・テイラー、ハービー・フレッチャーほか |
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上映スケジュール
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